代表取締役 中澤義明nakazawas

AMICを設立する以前は、25年以上にわたり世界の整形外科医療技術市場のリーダーであるStrykerで働く。
1974年慶応義塾大学を卒業。1976年ウェスタンミシガン大学で経営学士(BBA)を取得、1977年同大学大学院ビジネススクールの学生でありながらストライカーコーポレーションのインターンとして入社。1978年にMBAを取得した後も同社に留まる。若き日の経験から、医者と患者ニーズとの関係の重要性、さらに新技術開発の重要性を実感する。

1992年ファイザー製薬株式会社に移り、子会社の代表取締役・社長、ファイザーのメディカルテクノロジーグループの常務取締役等の医療機器部門の役職を歴任。

1999年4月ファイザー社が医療機器事業から撤退し、同社のハウメディカ事業がストライカーへ売却されたことに伴い、日本ストライカー株式会社に戻り、代表取締役に就任。同社の売上を伸ばし、新しい医療機器に必要な承認期間の短縮に成功。 2008年同社の代表取締役会長、2009年ストライカーインターナショナルの社長付顧問に就任。日本の業界の発展と承認プロセスの改善に多大な貢献をした。

1991年ハーバード・ビジネス・スクール(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のPMD(Program for Managemenet Development)研修コース終了。

 


取締役 岩崎博允
iwasakis
慶応義塾大学経済学部を卒業後、日本の製薬業界の草分けの一つの台糖ファイザー社にて高度成長期に製薬の研究現場とセールスの現場を結び付け、ナマの医療現場を見続けてきた。その間、アメリカ・コーネル大学でMBAを取得し、世界への扉を開く。

1974年3月香港・ファイザー社のカントリーマネージャーに就任、1978年ファイザー社のアジアマネージメントセンターのマーケティング部門に勤務。ファイザー社の名古屋医薬支店長を経て、1987年医薬品営業部長、1993年医薬マーケティング担当常務取締役に就任、1997年専務取締役・経営企画担当となる。


2005年ファイザーヘルスリサーチ振興財団の理事長に就任、2006年ファイザー株式会社の代表取締役社長に就任、2009年から2016年までファイザー株式会社の名誉会長を務める。
現在、岩崎事務所代表。

 

 



取締役 ダン・トーマス

dansAMICのマネージメントチームに加わる以前は、IVEXインターナショナルの共同創立者・マネージングディレクターやジャパン・ベンチャー・パートナーズLLC(JVP)の共同創立者・パートナーを務める。

IVEXは、1988年以来、日本市場の米国テクノロジー企業に戦略的アドバイザリーサービスを提供。JVPは、2000年以来、日本と米国において市場調査や経営・金融のコンサルティングを提供。

エール大学卒業後、1982年から1986年CS First Bostonのロンドン、東京、ニューヨークに勤務。1986年12月から1989年ゴールドマン・サックス証券会社東京支店バイスプレジデントを務めるなど投資銀行業務の豊富な経験を持つ。

さらに米国企業の日本法人数社の取締役を務め、東京アメリカンクラブの会長を務めた。これらの経験から、政府や多くの日本企業の経営陣たちと広範なコンタクトを持つ。

日本に25年住んだことがあり、日本語が堪能。

 


監査役 伊集院 功

ijuins製薬および化学業界で50年以上の広範な法的専門知識と豊富な経験を持つ。
ファイザー株式会社と三井化学株式会社の監査役をはじめ、外国企業の子会社や日本企業を含む多くの企業の弁護士・監査役・顧問を務めてきた。

1964年の弁護士登録後、所澤・長島法律事務所(現:長島・大野・常松法律事務所)に入所。1975年に同法律事務所のパートナー、2005年には顧問に就任。

シェル石油株式会社のハウス・カウンセル、上智大学法科大学院教授(2004-2010)、千葉大学経営協議会委員(2004-2010)、日本ストライカー・ホールディング株式会社の監査役(2005-2009)など複数の役職を同時に務めた。 

東京大学法学部卒業。1974年イリノイ大学法科対学院フェロー(M.C.L.)、Cleary, Tottlieb, Steen & Hamilton法律事務所にスタジェールとして勤務。